
祇園/巽橋通り

鴨川の桜並木
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今宮神社門前茶屋/名物あぶり餅 |
詩仙堂の紅葉 |
「京都の五重塔」のお話です。代表的な五重塔は京都市内に4、府下加茂町に1、
計5つ有ります、中でも一番大きく、京都のシンボルともなっているのが
@東寺の五重塔です。現存する五重の塔では日本一高く57mあります、
空海の創建以来4度火災で失われ現在の塔は1644年家光の寄進で完成しました。
A法観寺の五重塔(八坂の塔)は産寧坂、二年坂の道筋に有ります、
まさに京都観光の中心に位置する塔を写真のバックに撮影された方も
多いと思います。
格子戸の家並みが続く石畳道とよく似合う優雅な五重塔ですね。
余談ですが避雷針の無い時代、落雷で消失している塔が多く、
法観寺の塔も創建以来3度火災に遭い、現在の塔は室町幕府
6代将軍義教によって1440年再建されたものです高さは46m有ります。
法観寺/八坂の塔
B醍醐寺の五重塔、京都で現存する木造建築で最古のものです、
創建は951年ですから約1050年間京都を見つめてきた塔です4月の
醍醐桜の時は凄い人出になりますが、それ以外は訪れる人も少なく、優雅な
中にも少し寂しげな風情を感じる塔です、高さは35m有ります。
C仁和寺の五重塔、ここも4月御室桜の時は華やかな雰囲気に包まれる塔です、
高さは33で1637年家光の寄進で再建されました。また又余談ですが、
遅咲きで有名な御室桜を歌った童歌をご紹介します「わたしゃ、お多福御室の桜、
花(鼻)が低ても人が好く」真っ白で低い木に咲く綺麗な花をお多福さん(昔は美人の象徴で、愛らしい女性のことです)になぞった歌です。
D海住山寺の五重塔、府下加茂町の海住山寺は735年東大寺の僧良弁によって
創建された名刹です、塔は1214年に建てられ高さ17mの優しい風情の塔です。
京都に幕府を開いた足利尊氏、室町幕府15代の将軍さまのご紹介です。
金閣寺、銀閣寺、等持院、法観寺など、室町時代の将軍に関係するお
寺が多く有りますので、ご参考にして下さい。
@尊氏54才1358年没、足利将軍家の菩提寺は等持院です、尊氏の墓は
等持院に有り、足利15代の内13体の座像が等持院に奉られています。
A義詮37才1367年没、墓は嵯峨宝筐院に有り敵同士だった小楠公と並んで
墓碑が 建ってます。宝筐院は隠れた紅葉の名所ですので嵯峨散策の節は
一度訪れてみて下さい。
B義満51才1408年没、金閣寺で有名な室町幕府の絶頂期の将軍で、とんち
一休さんに出てくる将軍さんですよ。C義持D義量
E義教、上記の法観寺再建で有名な将軍、部下の力関係複雑で
結局くじ引きで 将軍職につき、後に暗殺された気の毒な方でした。
8代義政のお父です。
F義勝、義政の兄ですが幼年で没。
G義政55才1490年没、銀閣寺で有名、奥さんは日野富子です茶、作庭など
文化に熱中し、政治はもっぱら奥さん任せでした。
H義尚25才1489年没、この方の跡目将軍職の争いで応仁の乱始まる、
義政は親より先に没した義尚のために8月お盆の送り火を
如意ケ岳(大文字山)に灯したのが、大文字送り火の始めとか、
伝承ですので真偽は不明です、ご存じの方は教えて下さい。
I義稙J義澄K義晴
L義輝29才1565年没、部下の松永弾正に攻められ没、別名は剣法将軍と
諷された剣の達人でした。
M義栄N義昭60才1597年没、諸国を浪々し信長の後ろ盾で将軍職になった方、
のち秀吉に追放される。別名はお手紙将軍と諷される、陰謀策術の
将軍さんでした。義昭追放で室町幕府は名実ともに滅びて
世は安土桃山時代となります。 |